プラセンタ 歴史

プラセンタの歴史とは?

プラセンタの歴史とは?

プラセンタ 歴史 

 

このサイトではプラセンタの口コミ効果についてお話ししていましたが今回は変わり種で「プラセンタの歴史」についてお話ししようと思います。

 

正直話す内容が決まっていません。というか読んでくれる人がいるんでしょうか。。心配です笑

 

 

なんと!プラセンタは紀元前から使われていた!

 

日本でプラセンタが美容業界でブームになったのってここ数年ですよね。なので、多くの人がプラセンタって最近開発された新成分だと思っていると思います。

 

実はそれは間違いで、使われ始めたのは2000年以上昔から使われています。私も勉強するまで知らなかったんですけど、プラセンタって本当にすごい成分ですよね。

 

で、そんな紀元前で初めて使い始めたのが『医学の父・ヒポクラテス』です。ヒポクラテスって名前は知ってるけど何をしたか知らない、、っという人多いと思います。

 

ざっくり説明すると、ヒポクラテスは人類で初めて論理的に病気を部類したり、医療行為をした人です。この人がいなかったら今の医学も違っていたかもしれないというほどの人物です。

 

どのようにプラセンタを抽出し使っていたかは記録に残っていないのでわかりませんが、病気の治療に使っていたことはわかっているそうです。

 

 

紀元前400年前にはクレオパトラが美容目的で使い始める!

 

美容のために使われ始めたのは最近だと思っていたんですが、さすが世界三大美女クレオパトラですね。

 

今のようにカプセルにしたり粉末にするという技術はなかったので、そのまま食べていたそうです。

 

当たり前ですが、科学技術も今ほど発達していないのでプラセンタにどんな成分が入っていてどんな効果があるのかは具体的に解明されていませんでした。

 

ですが、生命の神秘の力が溜まっていると信じられており、それを接種することは健康にも美容にも良いとされていました。

 

ほかにもマリーアントワネットも使っていたみたいですよ!

 

 

紀元前250年前に中国進出!漢方として使われ始める!

 

まだまだ紀元前ですが、やっとプラセンタがアジアに進出してきました!中国がまだ秦の時代ですね。その時代の中国の皇帝が不老長寿の妙薬として使い始めました。

 

やっぱり、胎盤は生命の神秘の力が蓄えられているとされていたんでしょうね。皇帝がなくなったあとは「紫河車(しかしゃ)」という名前で漢方として重宝されていました。

 

そんな紫河車ですが、実は江戸時代には日本に伝わって来ています。日本では「混元丹(こんげんたん)」という名前で使われていて滋養強壮・不老長寿の薬として使われていました。

 

実は現代でも西銀座にある漢方薬局で混元丹飴という漢方が買えます笑

 

 

1930年にソ連でプラセンタ療法の基礎研究が始まる

 

1930年代に負傷した兵士の治療に有効だとされソ連のフィラートフ博士が「組織療法」を研究し始めました。

 

これがプラセンタが論理的に治療に使われ始めたきっかけです。

 

で、1950年に入るとその技術が日本に伝わってきます。その後、次々に新しい技術が開発され効率よく有効成分だけを抽出できるようになってきます。

 

 

そして現代へ!

 

技術が進化しプラセンタエキスの注射液が開発され、臨床試験のあとに厚生労働省から医薬品としての認可がおりました。

 

医薬品としての研究が進む中で、プラセンタには細胞の分裂を活発することが分かり美容に応用できることがわかりました。

 

で、今です。医薬品ではなくプラセンタは注射やサプリメント、化粧水になりましたとさ!

 

 

最後まで読んでくださってありがとうございました!

プラセンタ 歴史 

 

ざっくりですが、プラセンタの歴史はこんな感じです。

 

このサイトの本質はプラセンタのうんちくを話すではありません。笑

 

口コミを比較してプラセンタ選びに失敗しないようにするのが本質です。

 

トップページでプラセンタの口コミをもとにサプリを比較しているので参考にしてみてください。


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